2017年04月29日

4月の終わり、鎌倉の今は 2017.4

4月もあっという間に終わろうとしている今、鎌倉の中央から材木座方面の様子を見てみました。

源氏山公園
「源頼朝像」は、終盤の八重桜をバックに、ツツジを待ちわびているようです
 頼朝像.JPG

「あじさい小路」は、まだショカツサイの小路の様子です
 源氏山公園ショカツサイ.JPG

段葛
桜が終わり緑の並木道となり、ツツジの季節になってきました
 段葛ツツジ1.JPG

 段葛ツツジ2.JPG

別願寺(大町)
フジは、盛りです
 別願寺フジ.JPG

安養院(大町)
ツツジは、咲き始めたところです
 安養院ツツジ2017.JPG

材木座海岸
「和賀江嶋」は、陸続きの姿を見せています
 和賀江嶋1.JPG

 和賀江嶋2.JPG

海岸は、これからの気持ちの良いシーズンを待っています
 材木座海岸.JPG

 
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2017年04月27日

鎌倉検定−天変地異起こる(1242年3月3日)を読む(9)

 鎌倉検定合格を目指して、「読んで分かる中世鎌倉年表」(→ココ参照)を読みながら、今の鎌倉を見てみましょう。

 今回は、「鎌倉中の闘乱」です。
(21)仁治3年(1242)3月3日
 鎌倉幕府は鎌倉中の僧徒の闘乱や殺害が多発するなかで、僧徒・法師・童子・力者の兵仗の携帯を禁じた。
 文暦2年(1235)にも同様の禁止令を鎌倉中に出しているが、闘乱の具体的な原因ははっきりしない。

この頃の出来事と3代執権「北条泰時」の功績
1232年、材木座に「和賀江嶋」を築港。「御成敗式目」を制定。  
1236年、将軍藤原頼経が若宮大路の幕府に移る。
1240年、巨福呂坂を整備。
1241年、朝夷奈切通完成。
1242年6月、北条泰時没。 

粟船山常楽寺(大船)
 山門を入った奥の仏殿裏に「北条泰時の墓」があります。
 ※このお寺については、「鎌倉大船のお寺を見る(粟船山)」を参照。
 常楽寺山門.JPG

墓の石碑と「北条泰時の墓」
 墓の石碑.JPG

 北条泰時の墓.JPG

執権の系統
 執権経時の系図.jpg

 「北条時氏」は、第4代執権となることを期待されていたが28歳の若さで亡くなりました。
 そのため、1242年6月、時氏の長男・「経時」が19歳で4代執権に就任しました。

 
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2017年04月25日

鎌倉光則寺の今は 2017.4

桜やカイドウも終わり、花の寺「光則寺」の様子を見てみました。

行時山光則寺
 ※この寺については、「鎌倉長谷のお寺を見る(行時山)」を参照。
光則寺に向う道端の民家には、大きなフジが見られます
 民家のフジ.JPG

参道はすっかり緑に覆われて、参道脇のフジ棚のフジが咲いています
 光則寺参道.JPG

 光則寺参道のフジ.JPG

境内にもフジが見られます
 光則寺境内のフジ.JPG

山門を入ると、まず目にするのがツツジです
 光則寺境内.JPG

 光則寺ツツジ.JPG

池の周りにはシャガが群生しています
 光則寺シャガ.JPG

ミヤコワスレも少し見られます
 光則寺ミヤコワスレ.JPG

ハナイカダが見られます
 光則寺ハナイカダ.JPG

山門横の山の斜面の方には、遠くシラユキゲシが見られます
 光則寺シラユキゲシ.JPG

いよいよカラタネオガタマも咲き始めるところです
 光則寺カラタネオガタマ.JPG

※去年の2016年の状況と比べると、咲き方が少し遅いような気がします。
 →「鎌倉光則寺の今は 2016.4」を参照。

 
posted by トシ999 at 12:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記_2017 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする