2015年04月30日

用語の読みのこと―鎌倉検定2014年1級の問題から見た鎌倉(20)

「2014年の鎌倉検定1級の問題」を見ながら、逆に“鎌倉を知る”に挑戦してみます。
次の用語の読みをひらがなで書きなさい。
 (26)西御門   (27)九品寺   (28)夏越祭   (29)蛭子神社   (30)瓶ノ井
 

→鎌倉検定公式テキストブック P72、参照。

これらは、内容を知ることはもちろん、しっかりと読みたいものです。

(26)西御門「にしみかど」
 源頼朝は、最初、祖先ゆかりの地であった大倉に御所を構えました。
 四方にそれぞれ門を作りましたが、西側の門を「西御門」といい、その名が地名として残りました。
 現在、西御門と東御門」の位置を示す石碑が建っています。
 <石碑が建つ大倉幕府跡>
大倉幕府跡.JPG

 <西御門と東御門の石碑>
西御門石碑.JPG 東御門石碑.JPG

(27)九品寺「くほんじ」
 1336年創建で、新田義貞が鎌倉に唯一建立した寺と伝えられています。
 北条方の戦死者を弔うため、鎌倉攻めの折の本陣跡に建立しました。(材木座に建立。)
 山門と本堂に掲げられた「内裏山」「九品寺」の額の字は、義貞の筆を写したもので、直筆の額は本堂に保存されています。
 <山門と「内裏山」の額>
九品寺山門1.JPG 九品寺山門2.JPG

 <本堂と「九品寺」の額>
九品寺本堂1.JPG 九品寺本堂2.JPG

(28)夏越祭「なごしさい」
 8月に鶴岡八幡宮で行われる夏の祭事です。
 立秋の前日に行われる「夏越祭」では、夏の邪気を祓うため、源平池ほとりの神事のあと、茅の輪くぐりを行って無病息災を祈願します。
 なお、夏越祭、立秋祭、実朝祭までの3日間行われるのが「ぼんぼり祭」です。
 →「鶴岡八幡宮ホームページ―ぼんぼり祭(夏越祭、立秋祭、実朝祭)」を参照下さい。

(29)蛭子神社「ひるこじんじゃ」
 小町の鎮守。
 小町大路に面した所に入口の鳥居があります。
 かつては現在の夷堂橋付近に夷三郎社という神社がありましたが、1429〜1441年ころの本覚寺創建の際に境内に移され、夷堂となりました。
 明治の神仏分離令で現在地に移り、「蛭子神社」と改称され、1873年(明治6)、小町の鎮守として村社に列格されました。
蛭子神社1.JPG 蛭子神社2.JPG

(30)瓶ノ井「つるべのい」
 鎌倉十井のひとつで、明月院境内にあり、現在でも使用できるということです。
 別名、「甕ノ井(かめのい)」ともいわれています。2個の瓶を並べて上下させながら水を汲む井戸の意味が由来です。
 →「鎌倉検定2014年2級の問題から見た鎌倉(40)」の問題(97)を参照。
瓶ノ井.JPG

 ※鎌倉十井については、「鎌倉十井のことをまとめてみます」を参照。



つづく・・・
 
posted by トシ999 at 19:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 鎌倉検定(過去問) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月29日

仏像、寺社、行事のこと―鎌倉検定2014年1級の問題から見た鎌倉(19)

「2014年の鎌倉検定1級の問題」を見ながら、逆に“鎌倉を知る”に挑戦してみます。
次の写真は何か。指示にしたがって書きなさい。問題21-25の図.jpg

→鎌倉検定公式テキストブック 口絵P3、口絵P5、P107、128、196参照。

これは、ちょっと厄介です。テキストに出てくる漢字で正しく書かないとだめです。
なかには、テキストに出てこないものもあります。

(21)「建長寺 伽藍神像」(テキストにはありません。)
 5体で一対のこの神像は、5体が揃ったものとしては国内最古のもので、2010年に国重文に指定されました。
 伽藍神は、寺院の土地・建物を守護する神で、大覚禅師来日の縁を作ったということです。
 <建長寺の仏殿に入ると、本尊の地蔵菩薩像が祀られています。>
建長寺仏殿.JPG 建長寺地蔵菩薩像.JPG

 <地蔵菩薩像の後ろの右奥に「伽藍神像」は安置されています。>
伽藍神像.JPG
 ※しかし上の写真をよく見ると、前列左の1体が問題の写真と違っている。
  なぜ??? 最近替えた???


(22)「覚園寺 地蔵堂
 覚園寺境内は撮影禁止のため、写真はありません。
 この地蔵堂には「黒地蔵尊」と親しまれる「木造地蔵菩薩立像」が安置されています。
 拝観に行くと、この地蔵堂の前で、参拝者各人にお経を唱えてくれます。
 8月10日には、鎌倉の夏を代表する宗教行事「黒地蔵縁日」が行われます。
 <覚園寺山門と案内板>
覚園寺山門.JPG 覚園寺案内板.JPG



(23)「建長寺 開山忌
 「建長寺の開山忌」は、2014年(平成26)から、8月から「7月の23・24日」に変わりました。
 開山の蘭渓道隆(大覚禅師)の坐像が輿に乗せられ、仏殿から法堂に遷され、翌日は逆に、法堂から仏殿に納められます。

 ※円覚寺の開山忌(10月3日)と間違えないように注意が必要です。
 円覚寺では開山像を輿に乗せて境内を巡堂するのは、4年に1度、閏年の時です。
 また、輿には屋根がありません。
  円覚寺の開山忌→「鎌倉検定2014年2級の問題から見た鎌倉(33)」の問題(82)を参照。


(24)「十二神将戌神将像」または「戌神将像」(寺社名「旧辻薬師堂」は、なくても良い。)
 現在、辻の薬師堂は大町にあります。
 薬師堂には薬師三尊像及び鎌倉時代作の十二神将像が安置されていましたが、堂内の像は、現在は鎌倉国宝館へ移管されました。
 →「鎌倉国宝館HPの収蔵品紹介」を参照下さい。
 十二神将立像は、覚園寺の十二神将立像の原型といわれているとのことです。

 <辻の薬師堂(大町)>
辻の薬師堂1.JPG 辻の薬師堂2.JPG



(25)「大町 八雲神社
 八雲神社は、山ノ内にもあります。
 →「鎌倉検定2014年2級の問題から見た鎌倉(19)」の問題(45)を参照。

 「大町の八雲神社」は、古い厄除け開運の社として、「八雲さん」「お天王さん」と親しまれています。
 1081〜1084年のころ、新羅三郎義光が兄の八幡太郎義家の奥州攻め(後三年合戦)の助勢に向かう途中、鎌倉に入ると、悪疫流行にて里民が難儀しているのを知り、これを救うため京都衹園社(八坂神社)の祭神を勧請したのが始まりということです。
 明治維新で、鎌倉衹園社(衹園天王社)から「八雲神社」へ改称、大町の鎮守として村社に列格されました。
 <八雲神社(大町)>
八雲神社1.JPG 八雲神社2.JPG



つづく・・・
 
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2015年04月28日

鎌倉長谷寺の今は 2015.4

長谷寺」の今を見てみました。

3月の時は、「観音堂」は4月下旬まで修繕中ということで、覆いがかぶせてありました。
→「鎌倉長谷寺の今は 2015.3」を参照。

今は観音堂は修繕が終了して、その姿を現していました。
より荘厳になった感じがします。
<写真左:現在の観音堂  写真右:修繕前の観音堂>
長谷寺観音堂1.JPG 長谷寺観音堂2.JPG

境内には、「良縁地蔵」が3ヶ所に配置されています。
<観音堂へ向かう途中の参道の脇>
長谷寺良縁地蔵1.JPG

<経蔵横の竹林の中>
長谷寺良縁地蔵2.JPG

<眺望散策路の真中>
長谷寺良縁地蔵3.JPG

眺望散策路」は、アジサイの季節を待ち焦れているようです。
眺望散策路入口.JPG 眺望散策路.JPG

今は、アジサイの代わりに「シラン」や「シャガ」が咲いています。
シラン.JPG シャガ.JPG

その他、境内のあちらこちらに、いろいろな花が咲いています。
<フジ>
フジ1.JPG フジ2.JPG

<カラー(カイウ)、シャクナゲ>
カラー.JPG シャクナゲ.JPG

<ボタン、イチハツ(アヤメ科)とボタン>
ボタン.JPG イチハツとボタン.JPG

他にもまだまだ咲いていますので、長谷寺を拝観してみてはいかがでしょうか。
 
タグ:鎌倉 長谷寺
posted by トシ999 at 13:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記_2015 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする