2015年11月27日

鎌倉検定の「伝説編」のポイント

2015年11月の鎌倉検定の受験対策として、「伝説編」では、鎌倉には地名や名所・旧跡の由来、寺の縁起、観音様やお地蔵様の由来などいろいろな伝説があり、どれもこれも知っていると鎌倉散策が面白くなります。
鎌倉検定公式テキストブックで、十分見ておいてください。

ここでは、次の7件を紹介します。

項目
ポイント
円覚寺の伝説
・白鷺池
・白鹿洞
 
・8代執権北条時宗は、二度にわたる蒙古襲来の敵味方すべての戦没者供養のために、1282年、新しい寺を創建しようと寺地を探していた。なかなか適当な地が見つからないでいると、鶴岡八幡宮の神霊が白鷺に姿を変え、北鎌倉にある池に舞い降りて導いたという。
 この鷺が舞い降りた場所が今も円覚寺の門前にある「白鷺池」だといわれている。

 なお、起工の際、地中から「円覚経」を納めた石櫃が掘り出されたため、円覚寺と命名されたという。

・また、円覚寺落慶供養の日に、洞窟から開山無学祖元のお経を聞きに、「白鹿」の一群が現われ、説法を聞いていたという。これが、「瑞鹿山」円覚寺の山号の由来である。
<円覚寺の白鹿洞>
 白鹿洞.JPG
北条時頼の廻国伝説
謡曲「鉢の木」
・旅僧姿の北条時頼が、ある日の夕暮れ時、大雪に道を見失ってしまい、荒れ果てた家に泊めてもらうことにした。
 家主は時頼とも知らず、暖をとるために薪の代わりに秘蔵の「梅、松、桜の鉢の木」を炉にくべてくれた。素性を尋ねると、もとは佐野荘の領主で、今は一族に土地を奪われ落ちぶれているのだという。しかし、いざ鎌倉という時には、やせ馬にまたがっても一番に馳せ参じる覚悟だと鎌倉武士の心得を語るのであった。

 後年、軍勢を集めた時頼は、言葉に違わず一番に馳せ参じたこの武士の忠節ぶりに感激し、「鉢の木」にちなんで、梅田、松枝、桜井の各荘を領地として与えたというのである。
光触寺の伝説
・頰焼阿弥陀
 
・光触寺の女が運慶に阿弥陀仏を彫るよう依頼した。女は出来上がった阿弥陀仏をほんの数日間拝んだだけで飽きてしまった。しかし、女に仕えていたお坊さん(万歳法師)は、毎日拝んでいた。
 ある日、女の家の物がなくなったことから、法師が盗んだとして、女は法師の頰に焼印を押すよう命じたが、焼印はつかなかった。
 数日後、女の夢の中へ阿弥陀仏が現れ、「何故私の頰に焼印を押すのだ」といった。
 光触寺の阿弥陀仏には、頰にこの焼印がある。
衣張山の伝説 ・衣張山は、大倉幕府の南東にある。
 源頼朝は、暑い夏のある日、この山を白い絹で覆わせて雪山に見立て、屋敷から眺めながら歌を詠み、酒宴をひらいて夏の涼をとったという。
 山の名は、この伝説に由来するという。
文覚上人の伝説 文覚は、遠藤盛遠という武士だったが、渡辺(源)渡の妻袈裟御前に懸想し、誤って殺してしまった。その後、供養のために出家して僧侶になったとのこと。
 文覚は京都神護寺再興のために後白河法皇に勧進したものの、怒りを買い伊豆に流され、そこで源頼朝と出会い親交を深め、平家討伐の挙兵を勧めたといわれている。
<成就院の文覚上人像>
 文覚上人.JPG
太田道灌のヤマブキ伝説 ・山中の狩りで時ならぬ雨に困った太田道灌が、蓑でも借りられないかと農家に立ち寄ったところ、一人の少女が出てきて「山吹の花」を差し出した。
 道灌は意味がわからず、憮然としてその場を立ち去ったが、その話を家臣にしたところ、少女の意が山吹の花にちなんだ古歌「七重八重 花は咲けども 山吹の実(蓑)のひとつだになきぞ悲しき」にあったことを教えられた。
 「貧乏でお貸しできる蓑さえない。」という意味で、「実」と「蓑」をかっけた少女のとんちだった。
 道灌は自分の教養のなさを恥じ、その後学問に励み、文武両道を供えた名君になったという。
<英勝寺前の太田道灌邸旧蹟>
 太田道灌邸旧蹟.JPG



さてさて、11月29日(日)は、鎌倉検定の試験日です。
準備万端で臨みましょう。
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2015年11月26日

鎌倉検定の「祭り・行事編」のポイント

2015年11月の鎌倉検定の受験対策として、「祭り・行事編」では、たくさんのイベントがあり、どれもこれも重要です。
鎌倉検定公式テキストブックで、十分見ておいてください。

ここでは、次の6件の行事をピックアップしました。

項目
ポイント
白山神社の行事
・大注連祭

(おおじめまつり) 
1月8日に行われます。
 「毘沙門天」の使いといわれる「ハガチ(百足)」を模した大注連縄を奉納し、豊作と村内安全を祈願します。
→「鎌倉検定2014年2級の問題から見た鎌倉(34)」を参照。
 大注連祭.JPG
宝戒寺の行事
・聖徳太子講
 
1月22日に行われます。
 市内の建築関係者、植木屋、石屋等を営む人たちが集まり、護摩供養・読経し、木遣唄などが奉納されます。

境内には、「聖徳太子堂」があり、本堂右の一番手前に、聖徳太子を祀っています。
 聖徳太子は優れた工芸技能者の育成を図ったといわれ、これにちなみ諸職人の守り神として信仰されています。
<聖徳太子堂>
 聖徳太子堂.JPG
荏柄天神社の行事
・筆供養
・針供養
 
筆供養
初天神として、1月25日に行われます。
 学問・書道の向上を祈願するため、古筆などを焚き上げて供養します。
 筆供養.JPG

針供養
2月8日に行われます。
 使い古した針にねぎらいと感謝を込めて、拝殿前の三方の上に置かれた豆腐に針を刺して供養します。
 針供養.JPG
建長寺開山忌 2014年(平成26)からは、8月ではなく7月23・24日に行われています。
 23日には、「開山蘭渓道隆(大覚禅師)」の坐像を仏殿から法堂に移し、法要を行います。
 24日には、坐像は法堂から仏殿に収められ、10万人講施餓鬼会が行われます。
→「建長寺開山忌はどんな行事か?」を参照。
 建長寺開山忌.JPG
鶴岡八幡宮の行事
・御鎮座記念祭
 
12月16日に行われます。
 舞殿北庭に篝火が焚かれ、4人の巫女による「宮人曲」に合わせた舞や神職による「人長舞」が奉納されます。
 御鎮座記念祭.JPG

ラベル:鎌倉検定 鎌倉
posted by トシ999 at 23:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 鎌倉検定 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月25日

鎌倉検定の「産業・生活編」のポイント

2015年11月の鎌倉検定の受験対策として、「産業・生活編」では、何と言っても次の事項は必須です。
鎌倉検定公式テキストブックで、十分見ておいてください。

項目
ポイント
観光
・海水浴場
・1880年(明治13)に、「エルウィン・ベルツ博士」が「鎌倉は保養地として最適な地である」と紹介し、1884年(明治17)には「長与専斎」も「海水浴場として理想的な海である」と紹介しました。

・夏目漱石の作品「こころ」は、主人公の「私」が、友人に誘われて行った鎌倉の海水浴場で「先生」と出会うところから始まります。

・2014年(平成26)に、鎌倉市海水浴場の愛称を公募し、以下のとおり決定しました。
 「材木座海水浴場」、「由比ガ浜海水浴場」、「腰越海水浴場
 今後3年間、この愛称を使用するとのことです。

・2014年の「鎌倉海岸」としての観光客数は、約190万人でした。
 (鶴岡八幡宮、各寺社(有料)合計、に次いで第3位)
交通
・湘南モノレール
・1970年(昭和45)に大船から西鎌倉までが開通し、1971年(昭和46)に江ノ島まで延長されました。

・「サフェージュ式」と呼ばれる架橋に懸垂した車両が、「市道大船西鎌倉線」の上を走ります
 「大船駅」から「湘南江の島駅」までの所要時間は、約13分です。

→「鎌倉の交通―湘南モノレール」を参照。
<マスコットキャラクター「しょもたん」>
 しょもたん.JPG
名産
・鳩サブレー
・鎌倉を代表するお菓子の一つです。

・明治末期、バターを使った丸い形の鳩サブレーが誕生したが、日本人はバターの匂いを受け付けなかったので、当初はほとんど売れませんでした。
 大正時代に、小児医学博士が離乳期の幼児食に最適と推薦したことから、御用邸各宮家からも用命を受け、徐々に人気を博していきました。

・鳩サブレーの形は、豊島屋の初代久保田久次郎が、鶴岡八幡宮本殿の掲額の「八(鳩が抱き合わせになった形)」の字からヒントを得たことにより、鳩の形になりました。

→「豊島屋のHP−鳩のつぶやき」を参照ください。
<鶴岡八幡宮本殿の掲額>
 鶴岡八幡宮掲額.JPG

ラベル:鎌倉 鎌倉検定
posted by トシ999 at 16:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 鎌倉検定 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする