2016年10月31日

2016年度の鎌倉検定まであと一か月です

今年の鎌倉検定が行われる11月になろうとしています。

 平成28年11月27日(日)は、すぐにやってきます。

 「公式テキストブック」と「読んで分かる中世鎌倉年表」をよく読み込むことが合格の秘訣です。
 また、過去問をしっかりフォローしましょう。
 鎌倉検定公式テキストブック .JPG 読んでわかる中世鎌倉年表.JPG

 そして、「今年のトピックス」です。

 2015年度の例では、次の様な問題が出ています。
 2015 年(平成27)に公開された,鎌倉に住む四姉妹の人間模様を描いた映画は何か。  
   1 『小さいおうち』   2 『HERO』  3 『海街diary』   4 『ホットロード』
  正解は、<3>です。

 公園として,2015 年(平成27)4 月1 日に開園したのは,どの緑地か。            
   1 台峯緑地   2 常盤山緑地   3 広町緑地   4 山崎・梶原緑地
  正解は、<3>です。

 2015 年(平成27)に公開された映画『海街diary』で,四姉妹が住む家があり,主な舞台になった街はどこか。
   1 長谷   2 極楽寺   3 材木座   4 稲村ヶ崎
  正解は、<2>です。

さて、今年は???
 『段葛の修繕が終わったこと鎌倉市が日本遺産に認定されたこと長谷小路周辺遺跡で古墳時代の墓(箱式石棺墓)が出土されたこと神奈川県立近代美術館 鎌倉館の閉館』など結構ありますね。

 
ラベル:鎌倉 鎌倉検定
posted by トシ999 at 11:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 鎌倉検定 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月29日

鎌倉妙法寺についてのあれこれ

前回紹介した「妙法寺」についての追加情報です。

 妙法寺というお寺は、大町のほか山崎にもありますが、日蓮宗という以外、関連はありません。

<案内板>
 日叡の幼名が楞厳丸(りょうごんまる)であったので、楞厳山妙法寺と称し、山頂に両親の墓を建てて、その冥福を祈ったということです。
妙法寺案内板.JPG

<境内案内図>
 境内は奥深く、急な階段を上って山頂まで続いています。
 妙法寺境内図.jpg

大覚殿
妙法寺大覚殿.JPG熊本城天守閣に祀られていた加藤清正公の尊像(細川家寄進)を安置。

5月5日の「清正公祭」では、この大覚殿で法要が行われます。
その後、菖蒲で作られた「清正公勝守」のお守りが配られます。

仁王門
妙法寺仁王門.JPG妙法寺の境内は、総門、仁王門、もと苔石段の上にあった釈迦堂を結ぶ線を中心とした伽藍配置でした。

江戸時代、11代将軍徳川家斉はよく妙法寺にお参りに来たということです。
そのため、仁王門などは朱塗りとなっています。

苔石段
 鎌倉の苔寺といわれる由縁の石段。杉本寺の苔の石段とともに有名です。
 妙法寺苔の石段.JPG

星野立子句碑
 苔石段の脇にあります。 「美しき苔石段に春惜しむ
 星野立子句碑.JPG
 ※「星野立子」とは
  高浜虚子の次女で、俳人。壽福寺、高徳院にも句碑があります。
  壽福寺の高浜虚子の墓の近くに星野立子の墓があります。

鐘楼
 法華堂の左手に進むと釈迦堂跡があり、その先に鐘楼が立っています。
 妙法寺鐘楼.JPG

松葉ヶ谷御小庵跡
 奥の院御小庵跡で、日蓮聖人が通算20年住んだという庵の跡です。
御小庵跡案内板.JPG

 御小庵跡.JPG
 
posted by トシ999 at 11:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 寺院・寺社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月27日

鎌倉大町のお寺を見る(楞厳山(りょうごんざん))

 写真を見ながら鎌倉を知ろう、というテーマで進めていきます。

 次の写真は、“鎌倉のどこか?”、考えながらいきましょう。(正解は、最下段)
総門
妙法寺総門.JPG日蓮宗。
1253年創建。
日蓮が草庵を結んだ地で、「松葉ヶ谷の法難」の舞台となった地の一つ。

1357年、日叡が、亡き父、護良親王の菩提を弔い寺を再興した。
 
※「松葉ヶ谷の法難」とは
 1260年、日蓮は「立正安国論」を書き、前執権の北条時頼に建白しましたが、幕府には受け入れられませんでした。
 その後、念仏者が松葉ヶ谷の草庵にいた日蓮を襲撃し、草庵を焼き討ちにしました。
 
本堂
 江戸時代に肥後藩主細川家当主が、幼くして亡くなった息女の菩提を弔うため建立されました。
 妙法寺本堂.JPG

法華堂
 境内の奥、中腹にあります。江戸時代に水戸家が建立しました。
 妙法寺法華堂.JPG

<日叡が植えたというソテツ
 法華堂のそばに植えられています。
 ソテツ.JPG

日叡の墓
 護良親王の子で、幼名を楞厳丸(りょうごんまる)といい、仏門に入って日叡と名乗りました。
 日叡の墓.JPG

日叡の父(護良親王)の墓
 日叡によって、境内奥の山頂に建てられています。
 護良親王の墓.JPG

 ここから市内を一望できます。
 墓からの展望.JPG

日叡の母(南の方)の墓
 日叡によって、境内奥の山頂に建てられています。
 南の方の墓.JPG







※正解は、楞厳山妙法寺
 
posted by トシ999 at 15:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 寺院・寺社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする