2021年05月30日

鎌倉の歴史のまとめ−大正〜昭和(戦前)時代

「鎌倉検定公式テキストブック」から、「鎌倉の歴史」についてまとめていきます。

大正〜昭和(戦前)時代
 ・大正時代には、鎌倉の貴重な文化遺産の保護、保全などの活動が盛んとなりました。
 ・昭和初期には、東京から多くの文化人たちが良好な環境を求めて鎌倉へ移住してくる
  ようになりました。

「大正〜昭和(戦前)」の主な出来事
1915年
(大正4)
鎌倉同人会発足
・外交官陸奥廣吉は、洋画家黒田清輝らと鎌倉同人会を結成し、鎌倉の文化遺産の保護、保全活動や公共施設の整備などを推進しました。
1917年
(大正6)
鎌倉青年会(団)活動開始
タクシーとバスの営業開始
・鎌倉青年会(団)は、鎌倉の文化遺産を分かりやすく紹介するため、大倉幕府跡などに旧跡案内の石碑を建てる活動を行い、約80基建立しました。

・鎌倉で初のタクシーとバスの営業が始まりました。
1920年
(大正9)
第1回国勢調査
・第1回国勢調査で、鎌倉町の人口は約18,252人、戸数3,716戸でした。
1923年
(大正12)
大正関東地震発生
・『鎌倉震災誌』によれば、地震や津波により約3,000戸が全半壊し、死者は412人に上り、寺社も大きな打撃を受けました。
1928年
(昭和3)
鎌倉国宝館開館
・大正関東地震をきっかけに、貴重な文化財を守るために「鎌倉国宝館」が建設されました。
1930年
(昭和5)
市道大船西鎌倉線開通
鎌倉山宅地開発
菅原通済は、江ノ電の経営に関わり、鎌倉山を開発する際に交通手段を確保するために大船−片瀬間に日本最初の「自動車専用道路」を整備しました。

菅原通済は、深沢の丘陵を高級別荘地として開発し、鎌倉山と名付けました。
1934年
(昭和9)
鎌倉カーニバル開始
久米正雄大佛次郎らの文化人により、夏の風物詩として「鎌倉カーニバル」が始まりました。
・鎌倉カーニバルは、1962年(昭和37)まで続きました。
1936年
(昭和11)
鎌倉ペンクラブ誕生
松竹大船撮影所完成
・久米、大佛、里見クなどの鎌倉在住の作家により「鎌倉ペンクラブ」が結成されました。(会長久米正雄

・松竹撮影所が東京蒲田から大船に移転し、「大船調」といわれる多くの作品が作られました。
(松竹大船撮影所は2000年(平成12)に閉所)
1939年
(昭和14)
鎌倉市誕生
・1931年(昭和6)に、腰越津村が腰越町となりました。
・1939年(昭和14)、市制施行により、鎌倉町と腰越町が合併して「鎌倉市」が誕生しました。
1945年
(昭和20)
鎌倉文庫開店
久米正雄は、太平洋戦争中に、鎌倉文士たちが蔵書を持ち寄って貸本屋「鎌倉文庫」を開店することに取り組みました。
・発案メンバーは、久米正雄、川端康成、高見順らで、終戦後、出版社「鎌倉文庫」へと衣替えしました。

鎌倉青年会(団)が建てた「大倉幕府旧蹟」の石碑
 大蔵幕府旧蹟石碑_R.JPG

奈良・正倉院を模した外観の「鎌倉国宝館」
 鎌倉国宝館_R.JPG

高級別荘地として開発された鎌倉山の入口「鎌倉山ロータリー」
 鎌倉山ロータリー_R.JPG

鎌倉山の中に建立された鎌倉山の由来が記されている「鎌倉山記」の石碑
 鎌倉山記_R.JPG

「鎌倉カーニバル」の壁画(横山隆一作:鎌倉駅地下連絡通路に掲示)
 鎌倉カーニバル壁画_R.JPG

砂押川プロムナードに建つ「松竹大船撮影所落成記念碑」(昭和11年)
 松竹大船撮影所落成記念碑_R.JPG

長谷寺に建立された「久米正雄の胸像」
 久米正雄胸像_R.JPG

1948年(昭和23)に深沢村と大船町を編入し、現在の形となった鎌倉市
 鎌倉市の地域.jpg

 
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2021年05月29日

鎌倉明月院の今は 2021.5

本格的なアジサイシーズンに入る前の「明月院」を見てみました。
ヒメアジサイ」は、すでに色づいている花もありますが、色づき始めているものが多く、1〜2週間後が、楽しみな状況です。

本堂後庭園では、「ハナショウブ」が見ごろです。

福源山明月院(山ノ内)
 ・1160年、「明月庵」が山内首藤俊道の子、山内首藤経俊によって創建。
 ・1256年、北条時頼が「最明寺」を建立、廃寺後、北条時宗が「禅興寺」を再興。
 ・1380年、鎌倉公方足利氏満が関東管領上杉憲方に「禅興寺」の中興を命じ、足利義満
  の時代に「明月庵」は「明月院」と改められて「禅興寺」の子院の首位に置かれる。
 ・「禅興寺」は、明治初年に廃寺となり、「明月院」のみを残し今日に至る。

明月院の「正門入口」と、そこに咲く「アジサイ」の様子
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総門前の明月院ブルーの「アジサイ」
 明月院総門前_R.JPG

境内の明月院ブルーの「アジサイ」の様子
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本堂後庭園の「ハナショウブ」
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 明月院ハナショウブ2_R.JPG

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 明月院ハナショウブ4_R.JPG

 明月院ハナショウブ5_R.JPG

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 明月院ハナショウブ7_R.JPG

 明月院ハナショウブ8_R.JPG

本堂後庭園では、「ヤマボウシ」も見られます
 明月院ヤマボウシ1_R.JPG

 明月院ヤマボウシ2_R.JPG

最後に、本堂後庭園を望む「丸窓」とサツキが咲く「枯山水庭園」
 明月院丸窓_R.JPG

 明月院枯山水庭園_R.JPG

 
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2021年05月25日

鎌倉長谷寺の今は 2021.5

アジサイのシーズンに向かっている今、「長谷寺」の様子を見てみました。

海光山長谷寺(長谷)
 ・浄土宗。創建は736年。開山は徳道。
 ・本尊の十一面観音菩薩像は、奈良から有縁の地で人々を救うように願われて海に流さ
  れたのち、三浦半島に流れ着き、この地が選ばれて、736年に長谷寺が創建されたと
  されています。

山門に掲げられた「金色提灯」も、大分色あせてきました
 長谷寺山門_R.JPG
 ※2月の「金色提灯」は、「鎌倉長谷寺の今は 2021.2」を参照。

妙智池の奥には、「ゲンペイコギク」と「キンシバイ」が見られます
 妙智池_R.JPG

妙智池の傍には、「ユキノシタ」も見られます
 長谷寺ユキノシタ_R.JPG

上の境内へ行く階段周辺の様子
 境内_R.JPG

「イワタバコ」のうち、花茎やガクに毛が密生している「ケイワタバコ」
 ・イワタバコの名は、葉がタバコの葉に似ていて岩に生えることから。
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 長谷寺ケイワタバコ_R.JPG

階段途中に、「サラサウツギ」や「テイカカズラ」が見られます
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 長谷寺テイカカズラ_R.JPG

観音山あじさい路に入ると、「アジサイ」は、咲き始めの状況です
 あじさい路地図_R.JPG

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 良縁地蔵_R.JPG

中には、「ホタルブクロ」も見られます
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 長谷寺ホタルブクロ2_R.JPG

下の境内では、「ニオイバンマツリ」は、終わりです
 長谷寺ニオイバンマツリ_R.JPG

放生池の畔には、「シモツケ」が見られます
 長谷寺シモツケ1_R.JPG

 長谷寺シモツケ2_R.JPG

「キンシバイ」と、大輪金糸梅「ヒペリカム・ヒデコート」の比較ができます
 ・小さく、カップ状に花が開いている「キンシバイ」
 長谷寺キンシバイ_R.JPG
 ・花が大きく、平開している大輪金糸梅「ヒペリカム・ヒデコート」
 長谷寺ヒペリカム・ヒドコート(タイリンキンシバイ)_R.JPG

 
posted by トシ999 at 07:00| Comment(0) | 日記_2021 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする