2017年05月19日

鎌倉検定−天変地異起こる(1252年4月1日)を読む(14)

 鎌倉検定合格を目指して、「読んで分かる中世鎌倉年表」(→ココ参照)を読みながら、今の鎌倉を見てみましょう。

 今回は、「宗尊親王の将軍就任」です。
(33)建長4年(1252)4月1日
 宗尊親王が鎌倉に到着する。宗尊は、後嵯峨上皇の皇子で、執権北条時頼の申請により鎌倉に下向する。
 固瀬宿(藤沢市片瀬付近)で幕府関係者に迎えられ、稲村ヶ崎から由比ヶ浜の鳥居の西、下下馬橋、小町口を経て、時頼邸に入る。
 5日に、宗尊を征夷大将軍に任ずる宣旨の案文(写し)が、六波羅探題から鎌倉に届けられる。
 14日に、宗尊は、鶴岡八幡宮に初参詣する。

宗尊親王(1242〜1274年)
 後嵯峨上皇の第一皇子。母は平棟子。
 生母の身分が低いため、皇位継承の可能性がありませんでした。
 幕府の申請により、鎌倉に下向して、親王将軍が実現しました。

稲村ヶ崎
 鎌倉の海岸線を由比ヶ浜と七里ヶ浜に分ける岬の地形が、まるで稲束を積み上げたように見えることから、地名の由来になったといわれています。
東側(由比ヶ浜・坂ノ下)から見る景色
 稲村ヶ崎 坂ノ下から.JPG

西側(七里ヶ浜)から見る景色
 稲村ヶ崎 七里ヶ浜から.JPG

鶴岡八幡宮大鳥居(一の鳥居)(海側から)
 鶴岡八幡宮から海に向かって直進する若宮大路の下馬と海岸の間に建つ石造明神鳥居。
 「浜の大鳥居」とも呼ばれていたそうです。
 1180年に建てられたといい(位置は不明)、現在のものは江戸幕府4代将軍の徳川家綱の寄進によって1668年に造られたものです。高さは約8.5メートル。
 一の鳥居.JPG

5月の鶴岡八幡宮本殿
 5月の鶴岡八幡宮.JPG

 
posted by トシ999 at 13:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 鎌倉検定 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック