2017年07月17日

鎌倉検定−蒙古の襲来(1301年8月)を読む(14)

 鎌倉検定合格を目指して、「読んで分かる中世鎌倉年表」(→ココ参照)を読みながら、今の鎌倉を見てみましょう。

 今回は、「円覚寺梵鐘の鋳造」です。
(22) 正安3年(1301)8月
 北条貞時が、円覚寺の梵鐘を鋳造させる。
 総高2メートル60センチにおよぶ鎌倉一の大きな梵鐘である。鐘銘は、円覚寺住持西澗子曇が撰じた。造立大工は物部国光で、この頃、国光をはじめ物部姓の鋳物師らが、建長寺をはじめ金沢の称名寺、相模国国分寺等、関東各地に多く梵鐘をつくっている。

円覚寺梵鐘(洪鐘(おおがね)とも呼ばれる)
鎌倉で最大の梵鐘は、建長寺、常楽寺とともに「鎌倉三名鐘」の一つで、国宝です
 洪鐘1.JPG

 洪鐘2.JPG

 ※他の2つの梵鐘については、「鎌倉三名鐘とは」を参照。

 なお、同じく国宝で、1255年鋳造の「建長寺梵鐘」の鋳物師は、「物部重光」です。

弁天堂:洪鐘鋳造の伝説
 弁天堂.JPG
 鋳造師「物部国光」は、鋳造がうまくいかず失敗を繰り返すが、北条貞時が七日間江の島弁財天に参詣したところ、ある夜、夢の中で白鷺池の底を掘ってみよというお告げがあり、池の底から金銅の塊を発見した。
 それを鋳造して3回目で成功した北条貞時は、洪鐘鋳造の成功に感謝して「弁天堂」を建立したといいます。

鐘楼と弁天堂の場所(山門右手の階段の上)
 鐘楼と弁天堂の場所.JPG

 
posted by トシ999 at 14:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 鎌倉検定 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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