2019年03月18日

鎌倉小町大路の旧跡のこと−(2018年鎌倉検定1級の問題から)

2018年11月に行われた鎌倉検定1級の問題をひも解いて、鎌倉をよく知りましょう。

今回は、「鎌倉小町大路の旧跡について」です。
[3] 次の写真は何か。指示にしたがって書きなさい。          
 (42) 旧跡名を漢字で書きなさい。
    日蓮上人辻説法跡.jpg
 

 ・日蓮は、毎日のようにこの辺りを訪れて、法華経の功徳を説く辻説法を行ったという
  ことです。
 ・ここに、日蓮が辻説法をした折に腰を掛けたといわれている日蓮腰掛石があります。
 
正解は、「日蓮上人辻説法跡」です。 

日蓮上人辻説法跡(小町)
 ・小町大路にあり、日蓮は震災、干ばつ、疫病などの原因は他宗にあるとして、激しく
  批判しました。
 ・明治34年(1901)、日蓮宗学者の田中智学が、腰掛石を道の反対側から移し周囲を
  整備しました。
「日蓮上人辻説法跡」の場所
 日蓮上人辻説法跡地図.jpg

「小町大路」の様子と「日蓮上人辻説法跡」
 小町大路.JPG

 日蓮上人辻説法跡1.JPG

「日蓮上人辻説法跡」の案内板
日蓮上人辻説法跡案内板.JPG

「日蓮聖人辻説法之址」の石碑
日蓮聖人辻説法跡の石碑.JPG
この辺りは、鎌倉時代には、屋敷町と商家町との境をなすところであって、幕府に近いことから大変にぎわっていた場所です。

建長5年(1253年)5月、日蓮聖人が房州から鎌倉に来て松葉ヶ谷に草庵を建て、民衆への布教のため、 毎日のようにこの辺りの道端に立って、説法を続けた場所であるといわれています。

世の中に、辻説法の旧蹟と伝へられています。

 ※なお、辻説法跡は、本興寺(大町)などにもあります。

田中智学(1861~1939年)とは
 ・宗教家。10歳で日蓮宗に入ったがその後還俗し、日蓮主義による宗教活動を展開しま
  した。
 ・1897年、扇ガ谷と山ノ内を結ぶ「亀ヶ谷坂」に、師子王文庫を設立しました。
  その扇ガ谷側の登り口に、「田中智学獅子王文庫趾」の石碑が建っています。
 亀ヶ谷坂登り口.JPG

 田中智学師子王文庫跡石碑.JPG

 
posted by トシ999 at 08:00| Comment(0) | 鎌倉検定(過去問) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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