2019年11月15日

ふりかえり鎌倉―鎌倉の伝説(謡曲「鉢の木」の廻国伝説)

鎌倉検定過去問を振り返り、鎌倉を楽しむ回として情報をお届けします。

今回は、「謡曲「鉢の木」の廻国伝説について」です。
設問
@謡曲「鉢の木」に代表される、多くの廻国伝説が残る人物はだれか。    
Aこの人物の廟所と墓がある寺院はどこか。

解答と解説
@北条時頼
A(福源山)明月院


諸国行脚を重ねた北条時頼の廻国伝説・謡曲「鉢の木」
旅僧姿の時頼が、ある日大雪に道を見失ってしまった。夕暮れ時であったため、荒れ果てた家に泊めてもらうことにした。
・家主は時頼とも知らずに粟飯をふるまい、暖をとるため薪の代わりに秘蔵の「梅、松、桜の鉢の木」をためらいもなく炉にくべてくれた。

・素性をたずねると、もとは佐野荘の領主で、今は一族に土地を奪われ落ちぶれているのだと答える。しかし、いざ鎌倉という時には、やせ馬にまたがっても一番に馳せ参じる覚悟だと鎌倉武士の心得を語るのであった。

・後年、軍勢を集めた時頼は、言葉に違わず一番に馳せ参じたこの武士の忠節ぶりに感激し、「鉢の木」にちなんで、梅田、松枝、桜井の各荘を領地として与えたというのである。

北条時頼(1227〜1263年)
 ・鎌倉幕府5代執権。北条泰時の孫で、北条経時(4代執権)の弟。
 ・1253年、蘭渓道隆を開山に招き、建長寺を創建しました。
 ・1256年、明月院の地に「最明寺」を建立し、出家生活をここで送りました。

 ※明月院については、「北鎌倉のお寺を見る(福源山)」を参照。

明月院にある「北条時頼の廟所」と「北条時頼の墓」
 時頼廟所.JPG

 北条時頼の墓.JPG

 ※北条時頼のもう一つの伝説:「銭洗弁財天宇賀福神社」の「銭洗水」
・北条時頼は、1257年「巳」の年に参拝し、金銭をこの水で洗い清めると同時に己の心身を清め行いを慎めば不浄の塵埃が消えて清浄の福銭になると人々に勧め、自ら率先して金銭を洗い一族の繁栄を祈ったといいます。
・以来多くの参詣者でにぎわうようになりました。

 
posted by トシ999 at 08:00| Comment(0) | 芸術・文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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