
今回は、「三浦の浜に流れついた観音像の伝説について」です。
【設問】
@奈良で造った二体の観音像の一体を海に流し、相模国の浜に流れ着き、これを現地に移し開山した寺は、どこといわれているか。 Aこの寺の開山は、だれといわれているか。 Bこの観音像は、どんな木から彫られたものといわれているか。 |
【解答と解説】
@(海光山)長谷寺
A徳道
B楠
◎海光山長谷寺(長谷)
・浄土宗。創建は736年。開山は徳道。 ・本尊の十一面観音菩薩像は、奈良の長谷寺の尊像と同じ1本のクスノキの霊木より彫られたといわれ、9.18メートルある像高は木造では日本最大級です。 |
<長谷寺の「案内板」と「境内図」>

<山門>

<三浦の浜に流れついた観音像の伝説>
・721年、初瀬山中で徳道は大きな楠の霊木を見つけ、これで二体の観音像を彫らせ、一帯を奈良長谷寺に安置しました。この時、もう一体は有縁の地で人々を救うようにと海に流しました。 ・この像が16年後に相模国の長井の浜に流れつき、海上に光明を放ちました。 ・これを現在地に遷し、徳道を招いて開山したのが鎌倉長谷寺だといいます。 ・左手に蓮華をもって観音のご利益を、右手には錫杖を持って地蔵のご利益を同時にあたえてくれるめずらしい姿は、長谷寺様式と呼ばれ、奈良長谷寺の本尊と共通しています。 |
<本尊の十一面観音菩薩像が祀られている「観音堂」>
<眺望散策路からの景色(由比ヶ浜方面)>