2023年08月10日

2022年鎌倉検定1級の問題から見る鎌倉(49)―源実朝の造船

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
2022年11月に3年ぶりに行われた鎌倉検定の1級の問題から、鎌倉を振り返ってみましょう。

今回は、「源実朝の造船」についてです。
[6]次の文の〔 @ 〕,〔 A 〕に最も適当な語句を書きなさい。
ただし,〔 @ 〕,〔 A 〕両方できて正解とする。
  (49) 〔 @ 〕は漢字で,〔 A 〕は地名を書きなさい。
   『吾妻鏡』によれば,1216 〜 7 年(建保4 〜 5)ごろに,3 代将軍源実朝が宋に渡るため,宋の工人〔 @ 〕に命じて巨大な船を〔 A 〕で建造したとされる。

 ・1216年、源実朝は、宋の医王山参詣のため、宋人陳和卿に唐船の建造を命じました。
 ・唐船は、翌年4月に完成したものの、なぜか進水には失敗しました。
  ※1216年の出来事は、「鎌倉検定−頼朝の鎌倉入り(1216年11月24日)を読む(25)」を参照。

正解は、「@陳和卿、 A由比ヶ浜」です。

船玉神社(藤沢市大鋸)について
 ・源実朝が宋へ渡るため、船の用材を大鋸の地から伐り出したと伝えられています。
 ・乗船成就、海上守護のために勧請されたのが「船玉神社」ということです。
 船玉神社_R.JPG

陳和卿(ちんなけい)
・鎌倉時代初期に宋から来た仏像技術者。戦火のため焼け落ちた東大寺大仏の首を鋳造するため,東大寺僧重源に招かれました。
・1216年、源実朝が宋の医王山参詣のため、「陳和卿」に唐船の建造を命じました。

※鎌倉彫の歴史
・鎌倉に禅宗寺院が建立され、造仏のために奈良から来た仏師たちが、「宋文化」に影響された須弥壇や前机、香合などの什器類も作り、それが鎌倉仏師にも受け継がれていきました。
・宋の工人「陳和卿」の持ってきた彫漆工芸を真似て、運慶の子の「康運」が仏具を作ったのが、鎌倉彫の最初と考えられています。


 
posted by トシ999 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 鎌倉検定(過去問) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック