2017年01月10日

鎌倉検定−頼朝の鎌倉入り(1180年10月7日)を読む(1)

 鎌倉検定合格を目指して、「読んで分かる中世鎌倉年表」(→ココ参照)を読みながら、今の鎌倉を見てみましょう。
@治承4年(1180)10月7日
 源頼朝、鎌倉に入り、由比の鶴岡八幡宮を遥拝する。その後、亡父義朝の旧蹟亀谷(扇ガ谷)におもむくも土地せまく、新邸造営を断念。

 源頼朝は、1180年、配流先の伊豆国(蛭ヶ小島)で打倒平氏の兵を挙げ、石橋山の合戦で敗れはしたものの、安房国、武蔵国を経て、鎌倉入りを果たしました。
 源氏ゆかりの地鎌倉を根拠地とするように頼朝に進言したのは千葉常胤です。
<頼朝挙兵の軌跡>
 頼朝挙兵の軌跡.jpg

由比の鶴岡八幡宮を遥拝する→「由比若宮
元八幡2.JPG源頼義」は、1051年に始まった「前九年合戦」で陸奥の豪族安倍氏を討ち、1063年、京都石清水八幡宮を密かに勧請し、鎌倉の由比郷に「由比若宮」を創建しました。

これは奥州におもむくにあたり、勝利を祈願した源氏の氏神である京都の「石清水八幡宮」を勧請したものです。

※河内源氏の系図
 源頼信―「源頼義」―義家―義親―為義―義朝―「源頼朝

<「由比若宮」の入口にある「元鶴岡八幡宮」の石塔>
 元八幡1.JPG

亡父義朝の旧蹟亀谷(扇ガ谷)におもむく→「壽福寺
壽福寺総門.JPG1200年、北条政子が栄西を招いて開山しました。
1145年、源頼朝の父義朝は先祖からの土地である「亀ヶ谷」に住みました。この地一帯は、父義朝の屋敷跡とされています。
鎌倉入りした頼朝は、ここに館を造ろうとしましたが、岡崎義実が義朝の菩提を弔うお堂を建てていたのでやめたといわれています。

※壽福寺→「鎌倉扇ヶ谷のお寺を見る(亀谷山)」を参照。

<「由比若宮(元八幡)」と「壽福寺」の場所>
 元八幡と壽福寺.jpg
 
posted by トシ999 at 18:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 鎌倉検定 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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