
※鎌倉七口→「鎌倉の名所を名数で見るとまた面白い」を参照。
今回、鎌倉市と逗子市の境にある「名越切通」を見てみました。
まず、その場所を確認しましょう。

道が険しく難路であったために「難越(なごし)」から「なごえ」という名が付いたということです。
さて、大町方面から「名越切通」を目指して上っていくと、道の真ん中に、行く手をふさぐように置き石のような岩があります。
この先に進むと、「法性寺・大切岸」方面(左上り)と、「名越切通・まんだら堂やぐら群」方面(直進)への分岐点の標識があります。
ここを直進すると、最も高く切り立った「名越切通・第一切通」の部分にたどり着きます。
写真左に見える右側の坂を上ると、上から展望することができます(写真右)。
この場所を逗子市内方面から見ると、下の写真のような光景です。
当時は複雑な地形で、鎌倉の防護の役割も果たしていたのではと、思いをはせます。
なお、この部分は、鎌倉市ではなく逗子市になります。
さて、先ほどの分岐点に戻って、「法性寺・大切岸」方面に行きます。
すると、最近整備された「お猿畠の大切岸」の遊歩道に向かう道との分岐点に出ます。
お猿畠という地名は、鎌倉を追われた日蓮がこの付近で三匹の白猿に助けられたという伝承に因むものです。
→「日蓮の「松葉ヶ谷の法難」を知る」を参照。
「お猿畠の大切岸」は、長さ800m以上にわたって高さ3〜10mの断崖が尾根に沿って連続する壮大な遺構です。
三浦一族からの鎌倉防衛の役割といわれてきましたが、平成14年度の発掘調査で、大規模な石切作業の跡だということが確認されています。
さらにこの遊歩道の先を行くと、大切岸の上を通る道に再び合流し、浄明寺・衣張山方面ということになります。