2016年12月27日

2016年鎌倉検定1級の問題は難しい!

 今年の鎌倉検定1級の問題を見てみました。
 例年以上に難しかったのではないでしょうか?

 例えば、次のような問題。
<問題>
⑸ 次の文化財のうち,国指定重要文化財はいくつあるか。

 頰焼阿弥陀縁起絵巻(光触寺),地蔵菩薩像(来迎寺(西御門)),木造薬師三尊坐像(覚園寺),
 本堂(覚園寺),子育経読地蔵大菩薩(宝戒寺),御霊神社(坂ノ下)の面掛行列
 黒漆須弥壇(建長寺),木造地蔵菩薩坐像(浄智寺),地蔵菩薩立像(浄光明寺)

  1 7 つ    2 6 つ    3 5 つ    4  4 つ

 鎌倉市の指定文化財は、全部で597件あります。
 そのうち、国指定重要文化財(国重文)は201件です。
 内訳は、建物21件、絵画29件、彫刻38件、工芸22件・・・などなどたくさんあります。

 それを全部覚えられません。国宝なら15件ですので覚えるのは可能ですが、公式テキストブックに出てくるものとはいえ、これは難しいです。
 特徴のあるものを覚えるとよいでしょう。あとは、消去法で答えを見つけるわけです。

<国重文>
 頰焼阿弥陀縁起絵巻(光触寺),木造薬師三尊坐像(覚園寺),子育経読地蔵大菩薩(宝戒寺),黒漆須弥壇(建長寺),木造地蔵菩薩坐像(浄智寺)

 よって、正解は、< 3 5 つ>です。

 なお、その他の4件は、県指定の重文です。

 特に、「御霊神社(坂ノ下)の面掛行列」は、よく出る問題です。
 9月18日、祭神鎌倉権五郎景政の命日に行われる御霊神社例祭では、境内で鎌倉神楽とも呼ばれる湯立神楽を奉納した後、奈良時代から伝わる伎楽面や田楽面を付けた「面掛行列」が行われます。
 これは、「鶴岡八幡宮放生会」の面掛行列にならって作られたといわれ、江戸時代中ごろから行われているということです。
 「神奈川県の無形民俗文化財」に指定されています。
 面掛行列.JPG

 
posted by トシ999 at 10:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 鎌倉検定(過去問) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月25日

2016年鎌倉検定2級の問題はいかに?(3/3) 

 今年の2級の問題の中から、おもしろそうなものを3つ深読みしてみました。(第3回目)
<問題>
(73)  正宗工芸について,次の説明文で内容に誤りを含むものはどれか。
 1 鎌倉時代末期の刀工,五郎入道正宗は,新藤五国光に師事し,諸国を行脚して修業し,鎌倉に「相州伝」を完成させ,その門下には貞宗など多くの名工がいる。
 2 扇ヶ谷の入口近くに,正宗の屋敷があったと伝えられ,その近くには,正宗の井戸や正宗稲荷と呼ばれる刃稲荷がある。
 3 江戸時代以降,正宗家(現在の山村家)が,名工正宗の相州鍛冶として刀剣作りをしてきた。
 4 明治期には軍刀などを作っていたが,第二次世界大戦後は,この技術を生かし刃物や鉄工芸品を作っている。正宗から24 代目が伝統を継承し,正宗工芸として現在に至っている。

 どれも正しそうに思えます。

 鎌倉を歩くという点からいうと、キーワードは、「正宗の井戸」と「正宗稲荷と呼ばれる刃稲荷」です。どこにあるかです。
 この場所を見てみます。
 正宗の井戸 刃稲荷.jpg

 鎌倉彫と並ぶ歴史ある工芸品に、名刀正宗で名高い「正宗工芸」があります。
 五郎入道正宗は、新藤五国光に師事し、諸国を行脚して修業し、鎌倉に「相州伝」を完成させた鍛冶です。
 「刃稲荷」は扇ヶ谷にありますが、「正宗の井戸」は佐助にあります。
 正宗の屋敷は、扇ヶ谷ではなく、「佐助ヶ谷」の入口近くにあったということです。

 よって、正解は、「 2 」です。

刃稲荷(正宗稲荷)
 正宗稲荷.JPG

※「正宗の井戸」は、民家の中で見られません。

 
posted by トシ999 at 14:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 鎌倉検定(過去問) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月24日

2016年鎌倉検定2級の問題はいかに?(2/3) 

 今年の2級の問題の中から、おもしろそうなものを3つ深読みしてみました。(第2回目)
<問題>
(39) 次の鎌倉市内の寺院のうちで建立年代の最も古いものはどれか。
 1 九品寺   2 英勝寺   3 龍寶寺   4 光触寺

 寺社の建立年代をすべて覚えるのは至難のワザです。
 よって、そのお寺の特徴から年代を推定します。
1 九品寺
1336年創建 
新田義貞は、北条方の戦死者を弔うため、材木座にある鎌倉攻めの折の本陣跡に九品寺を建立しました。
 →「室町時代初め
2 英勝寺
1636年創建 
開山は水戸家初代徳川頼房の息女玉峯清因(徳川光圀の姉)。
開基の英勝院は、「太田道灌」から数えて4代の孫康資の娘で、その縁から太田道灌邸宅址に建立しました。
 →「江戸時代初め
3 龍寶寺
1500年代半ばに創建 
「北条綱成」が建立した瑞光院がこの寺の始まり。
その後、「北条氏勝」によって現在地に移されました。
玉縄北条氏の菩提寺として栄えました。
 →「戦国時代
4 光触寺
1279年創建 
開基は一遍、開山は元真言宗の僧侶だった作阿で、念仏道場として栄えました。
時宗で、一遍の活躍の時代です。
「頰焼阿弥陀」や「塩嘗地蔵」の伝説があります。
 →「鎌倉時代

 よって、正解は、「4 光触寺」です。

光触寺案内板
光触寺案内板.JPG

光触寺山門
光触寺山門.JPG本尊は阿弥陀三尊像で、「頰焼阿弥陀」にまつわる伝説があります。
(今年の3級(97)に出題されています。→先の「伝説編」参照。)

開基は一遍上人で、境内に銅像が建てられています。
鎌倉二十四地蔵霊場・第五番札所で、境内には伝説のある「塩嘗地蔵」があります。

光触寺本堂
 光触寺本堂.JPG

一遍上人像
 一遍上人像.JPG

塩嘗地蔵
 塩嘗地蔵.JPG

※「光触寺のこと―鎌倉検定2014年1級の問題から見た鎌倉(34)」を参照。

 
posted by トシ999 at 11:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 鎌倉検定(過去問) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする