2017年06月18日

鎌倉検定−蒙古の襲来(1282年3月1日)を読む(7)

 鎌倉検定合格を目指して、「読んで分かる中世鎌倉年表」(→ココ参照)を読みながら、今の鎌倉を見てみましょう。

 今回は、「一遍鎌倉入り」です。
I弘安5年(1282)3月1日
 一遍が鎌倉入りを拒否される。
 一遍一行は、常陸・武蔵を経て、鎌倉の北の入り口の巨福呂坂(北鎌倉付近)から鎌倉に入ろうとした。しかし、木戸で執権北条時宗に出会い阻止された。
 一遍らは、山中で野宿すると、藤沢片瀬浜で4ヶ月にわたり布教した。
 一遍の踊り念仏に貴賊は雨の如くに参詣し、道俗は雲の如く群集し、布教は大成功に終わる。

一遍上人(1239〜1289年)
 時宗の開祖。
 全国を遊行し、「南無阿弥陀仏 決定往生 六十万人」の念仏札を人々に配る「腑算」と、踊りながら念仏を唱える「踊り念仏」によって時宗を広めました。

「南無阿弥陀仏 決定往生 六十万人」の念仏札
   一遍念仏札.JPG

西台山光照寺(山ノ内)
 一遍は踊り念仏を行いながら全国を行脚し、1282年、鎌倉入りを目指したが北条時宗によって阻止され、一遍一行がその晩野宿した場所が、「光照寺」のある場所だったと伝えられています。
 この様子を描いたのが「一遍聖絵(ひじりえ)」(国宝:「一遍上人絵伝」)です。
 ※『「一遍聖絵」第5巻第5段
   →藤沢市の「時宗総本山 遊行寺のホームページ」を参照。

光照寺山門
 光照寺山門.JPG
 ※このお寺については、「北鎌倉のお寺を見る(西台山)」を参照。

岩蔵山光触寺
 時宗。1279年創建。開山は作阿、開基は一遍
 念仏道場として栄えました。
光触寺山門
 光触寺山門.JPG
 ※このお寺については、「光触寺のこと―鎌倉検定2014年1級の問題から見た鎌倉(34)」を参照。

境内にある「一遍上人像」
 一遍上人像.JPG

時宗のお寺
 鎌倉にある時宗のお寺は、次の通りです。
・光照寺(山ノ内)、・光触寺(十二所)、・来迎寺(西御門)、・教恩寺(大町)、・別願寺(大町)、
・向福寺(材木座)、・来迎寺(材木座) 

 
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2017年06月16日

鎌倉検定−蒙古の襲来(1281年閏7月9日)を読む(6)

 鎌倉検定合格を目指して、「読んで分かる中世鎌倉年表」(→ココ参照)を読みながら、今の鎌倉を見てみましょう。

 今回は、「弘安の役」です。
H弘安4年(1281)閏7月9日
 幕府は、蒙古襲来に備えて、寺社や公家の荘園の荘官を軍事動員する許可を朝廷に申請した。しかし、この時すでに、閏7月1日、暴風雨のため、元軍は甚大な被害を受け撤退していた。(弘安の役)
 幕府は元軍撤退の報告を聞いても要求を取り下げず、要請を繰り返したため、朝廷は幕府の要求どおり、7月9日にさかのぼって20日付で宣旨を下した。
 蒙古襲来を機に、また、幕府の権限が拡大したことになる。

元寇―1274年「文永の役」、1281年「弘安の役」
 今回は、2度目の元軍の襲来です。
 1回目の襲来の後、北条時宗は、博多湾の沿岸防衛のため、「石築地」建造を九州の御家人に命じていました。
 ※石築地(いしついじ):1276年から博多湾周辺に築造が開始され、高さ3m、東西20kmに及びました。

 ※「文永の役」については、「鎌倉検定−蒙古の襲来(1274年11月1日)を読む(4)」を参照。

無学祖元(1226〜1286年)
 宋の禅僧。2度目の元軍の襲来の前に、北条時宗の招請によって、1279年に来日しました。
 時宗は、弟子の礼をもって無学祖元を迎え、その後、絶えず参禅したということです。

円覚寺の開山忌で、運び出される無学祖元像
 無学祖元像.JPG
 ※「開山忌」:10月3日に、開山無学祖元(仏光国師)に対する法要が営まれます。
  「4年に一度」、閏年に開山像を輿に乗せ、境内を巡堂します。(最近では、2016年。)

元寇のまとめ
 蒙古襲来すなわち「元寇」は、「北条時宗」が執権の時代に2度ありました。
 「文永の役」(1274年)と「弘安の役」(1281年)です。

元寇前後の幕府の状況
・1256年、5代執権北条時頼は、子の時宗がまだ幼少であったため、北条長時に執権を譲り、その後、長時は北条政村に執権を譲りました。

・1268年、7代執権北条政村は、北条時宗に執権を譲り、自らは連署となりました。蒙古襲来に対する危機管理のため、18歳になった時宗と政村を交代する人事刷新を行なったのでした。

北条時宗は、無学祖元の教えにより2回目の元寇も凌いだが、御家人からの恩賞請求などが殺到し、難題が山積みとなって、1284年、病床につくことになりました。

 
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2017年06月13日

鎌倉極楽寺周辺の今は 2017.6

アジサイの季節、「極楽寺」から「御霊神社」辺りを見てみました。

霊鷲山極楽寺
 真言律宗。開山は忍性。開基は北条重時
 1259年、重時が深沢の地にあった「極楽寺」を現在の地に再建しました。
山門前は、アジサイの季節です
 極楽寺山門1.JPG

 極楽寺山門2.JPG

「極楽寺」の裏手の方、「月影地蔵堂」へ行く手前で見られる「星月マーク」のマンホール
 星月マンホール.JPG
 ※「星月マーク」については、「鎌倉の「星月のマーク」を見る」を参照。

月影地蔵堂
 月影地蔵堂.JPG

普明山成就院
 1219年、北条泰時が創建。
 1333年、新田義貞の鎌倉攻めで焼失したが、江戸時代に再建されました。

西結界側では、少しアジサイが見られます
 成就院西結界側.JPG

山門前は、まだサツキが見られます
 成就院山門.JPG

東結界側では、お知らせ通り、今年はアジサイは咲いていません
 成就院東結界側.JPG

御霊神社(坂ノ下)
 祭神は鎌倉権五郎景政。平安時代の創建。
 景政は平安後期の平氏一門の武士で、鎌倉武士団を率いて湘南地域一帯を開拓した開発領主です。

江ノ電とアジサイの観光スポットとして大賑わいです
 江ノ電1.JPG

「極楽寺方面から来る江ノ電」と「長谷方面から来る江ノ電」
 江ノ電3.JPG

 江ノ電2.JPG

アナベルやタチアオイの陰に、江ノ電が走り抜けていきます
 江ノ電4.JPG

 
posted by トシ999 at 10:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記_2017 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする