2018年07月10日

鎌倉ゆかりの人物―覚山尼・用堂尼・天秀尼のあれこれ

「鎌倉検定公式テキストブック(新版改訂)」から、鎌倉ゆかりの人物を見てみました。

今回は「東慶寺歴代の住持「覚山尼・用堂尼・天秀尼」」です。

松岡山東慶寺(山ノ内)
 ・臨済宗。1285年、北条時宗夫人の覚山尼が創建。
  「縁切り寺」「駆け込み寺」の名で広く知られ、かつては尼寺として栄え、1871年
  (明治4)に「縁切寺法」が廃止されるまでの約600年間、多くの女性を救いました。
  ※縁切寺法:3年の修行で離縁を実現できる。

「山門」と本尊釈迦如来坐像が祀られている「本堂(泰平殿)」
 東慶寺山門.JPG

 東慶寺本堂.JPG
 ※このお寺については、「北鎌倉のお寺を見る(松岡山)」を参照。

歴代の住持
覚山尼(1252〜1306年)
 ・東慶寺開山。安達義景の娘で、安達泰盛の妹。
  生まれた翌年、父義景が死去したため、安達泰盛に養女として育てられ
  ました。
 ・北条時宗の正室。安達一族は、北条氏との結びつきを強めました。
 ・北条時宗とともに禅宗に帰依し、時宗の没後、慰霊のため東慶寺を開山
  しました。

用堂尼(?〜1396年)
 ・東慶寺五世用堂尼は、後醍醐天皇の皇女
  東慶寺は、用堂尼入寺以後、松ヶ岡御所と称され、高い寺格を誇りまし
  た。
 ・寺伝では、用堂尼は護良親王の菩提を弔うために入寺されたということ
  です。

天秀尼(1609〜1645年)
 ・東慶寺二十世天秀尼は、豊臣秀頼の娘で、徳川家康の孫娘千姫の養女
  江戸時代には徳川家の厚い庇護を受けました。 

東慶寺境内奥の右側の階段の上に並んでいる「歴代住持の墓」への石段と墓
 東慶寺歴代住持の墓への石段1.JPG

 東慶寺歴代住持の墓への石段2.JPG

 東慶寺歴代住持の墓.JPG

覚山尼の墓(五輪塔)
 覚山尼の墓.JPG

用堂尼の墓(五輪塔)
 用堂尼の墓.JPG

天秀尼の墓(無縫塔)
 天秀尼の墓.JPG
 
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2018年07月07日

鎌倉の七夕祭/鶴岡八幡宮の七夕飾り 2018.7

7月7日は、「七夕祭」。鶴岡八幡宮での七夕飾りを見てみました。
(鎌倉検定公式テキストブックより)
 もともとは、一芸の上達を祈る行事で、大陸の乞巧奠(きっこうでん)と呼ばれる星祭りを移入したもの。幕末まで宮中では短冊に願いを書いて笹に吊したり、梶の葉に歌を書いて水に浮かべ、書や技芸の上達を星に願ったりした。
 乞巧奠の行事は今も京都の冷泉家に伝えられている。これらを参考に、2004 年(平成16)から新たに催されることになったのが七夕祭。
 舞殿には五色に染められた絹糸や絹布、梶の葉などが供えられる。

鶴岡八幡宮
・祭神は、応神天皇、比売神、神功皇后。
・1063年、源頼義が、源氏の守り神として、京都の石清水八幡宮を由比郷鶴岡に勧請したことに始まります(由比若宮=元八幡)。
・1180年に鎌倉入りした源頼朝が、現在の地に遷座して鶴岡若宮と称しました。
源頼朝は、1191年に焼失した若宮(下宮)再建時に本宮(上宮)を創建し、現在のような上下両宮の姿となり、1193年には下拝殿(舞殿)が新造されました。

・現在の若宮は、1624年、徳川幕府2代将軍徳川秀忠による鶴岡八幡宮大改修時のものです。
・現在の本宮は、1828年、11代将軍徳川家斉によって再建造営されたものです。

段葛の入口の「二の鳥居」前には、「七夕飾り」がかかっています
 二の鳥居七夕飾り1.JPG

 二の鳥居七夕飾り2.JPG

鶴岡八幡宮「太鼓橋(赤橋)」の左右にも「七夕飾り」がかかっています
 太鼓橋七夕飾り1.JPG

 太鼓橋七夕飾り2.JPG

 太鼓橋七夕飾り3.JPG

参道から「本宮(上宮)」と「舞殿」を見る
 鶴岡八幡宮と舞殿.JPG

「舞殿」は、笹に飾られた短冊や「梶の葉」の色紙、飾り物で華やかです
 舞殿七夕飾り1.JPG

 舞殿七夕飾り2.JPG

「本宮(上宮)」の楼門にも、くす玉と吹流しなどの七夕飾りが掲げられています
 本宮七夕飾り1.JPG

 鶴岡八幡宮七夕飾り1.JPG

 鶴岡八幡宮七夕飾り2.JPG

 
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2018年07月06日

鎌倉妙本寺のノウゼンカズラを見る 2018.7

7月の花、「ノウゼンカズラ」を妙本寺で見てみました。
(鎌倉検定公式テキストブックより)
 緑に映えるオレンジ色で漏斗状の花弁はいかにも真夏の花。
 妙本寺の二天門背後では、棚とウメの古木に巻きついた左右一対が鮮やかな花をつける。

長興山妙本寺(大町)
 ・1260年創建。開山は日蓮。開基は比企能員の子、比企能本。
参道から見る「総門」
 妙本寺総門参道.JPG

1840年建立で、欄間に江戸時代の彩色された龍の彫り物がある「二天門」
 妙本寺二天門.JPG

 二天門の龍.JPG
 ※このお寺については、「鎌倉大町のお寺を見る(長興山)」を参照。

二天門背後に見える棚(右)とウメの古木(左)に巻きついた「ノウゼンカズラ」
 二天門ノウゼンカズラ.JPG

棚に巻きついた「ノウゼンカズラ」
 棚に巻きつくノウゼンカズラ1.JPG

 棚に巻きつくノウゼンカズラ2.JPG

 棚に巻きつくノウゼンカズラ3.JPG

ウメの古木に巻きついた「ノウゼンカズラ」
 梅の古木に巻きつくノウゼンカズラ1.JPG

 梅の古木に巻きつくノウゼンカズラ2.JPG

 梅の古木に巻きつくノウゼンカズラ3.JPG

 梅の古木に巻きつくノウゼンカズラ4.JPG


※妙本寺では、割と遅くまで「アジサイ」が見られます。
方丈門周辺のアジサイ
 方丈門とアジサイ.JPG

比企一族(比企能員夫妻ら)の墓とアジサイ
 比企一族の墓とアジサイ.JPG

 
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